以上がヤマト完成以前、地球艦隊唯一の勝利とされた『第二次火星沖海戦』の顛末である。
確かに地球艦隊はガミラス艦隊を火星圏から打ち払い、海戦後の宙域の支配権を掌握した。更に、多くのガミラス艦を撃沈し、以降ガミラス艦隊の活動が極めて低調になった事実も考え合わせると、地球側の戦略的勝利と判定しても問題はないだろう。
しかし戦術的には、地球側も海戦に参加した殆どの艦、航空機、そして何よりも貴重な熟練乗員多数を喪っており、極めて厳しい辛勝というのが実情だった。だが、未だ国連常任理事国及び国連宇宙防衛委員会の多くを占める徹底抗戦派は、敗色濃厚なこの戦争を継続する為に、本海戦を“大勝利”として喧伝せざるを得なかった。そうしなければ、戦争の先行きに強い不安感を抱いている各国の市民感情を鎮静化することはできず、台頭しつつあった早期講和派の勢力拡大も阻止できなかったからだ。
その結果、海戦の“大勝利”と共に、艦隊を率いた沖田提督や各隊指揮官は“英雄”とされ、多くの戦死した将兵は“軍神”として祭り上げられた。
沖田提督を含め、あの戦場を生き残った人々は、そうした国連や各国政府の振る舞いに忸怩たる想いを抱きつつも、戦場で倒れた戦友たちを思えば、それを表立って口にすることもできず、自分自身の心を強すぎる自責の念で傷つけ続けることになる。
特に沖田提督は、突撃駆逐艦テルヅキ艦長であった実子を、自身を守る形で喪っており、その心痛は察するに余りあった。海戦後、キリシマが地球に帰還した際、出迎えた土方宙将もかける言葉を見つけられず、表面上は艦隊司令長官としての威厳を維持している親友の肩に無言で手を置くことしかできなかった。
「多くの――あまりに多くの命を失ってしまった」
海戦後、ろくに休息も取っていないのだろう。親友を前に俯いたままの沖田の顔は疲労と悔恨、自責の念でどす黒く染まっていた。
「沖田、お前――」
沖田の発する只ならぬ気配に何かを感じ、土方は思わず口を開いた。
彼は、親友の心根の優しさと責任感の強さを知り尽くしており、この優し過ぎる男が、勝利の為に自らの息子まで犠牲にしてしまったという事実に耐え切れるのかと心底から案じたのだ。
だがそんな土方を、貌を上げた沖田の視線が制した。その双眸が発する輝きの強さに、土方は安堵する以上の驚きを覚える。
「大丈夫だ。儂は――死なん。
死んでしまっては、逝ってしまった者たちの願いも、遺された人たちの想いも、何一つ叶えられん。
たとえ悪魔、人殺しと呼ばれても、儂は生きてこそ果たすことができる責任を全うする。
そうすることでしか――償うことはできんのだ。」
満身創痍の親友が示した悲壮なまでの決意。
その姿に、土方は自らの胸の奥底に仕舞い込んでいた感情が、鋭い痛みを発したことに気がついた。彼にも同じ経験があったからだ。一昨年の戦いでは、彼も指揮下にあった多くの将兵を喪っている。だが――。
(結局、俺は・・・・・・逃げたのだ。
職を辞したところで、責任など果たすことはできん。それは分っていた筈だ。
石にかじりついてでも職に留まり、責任を果たすべきだったのだ。沖田ではなく、この俺が)
悔恨という他ない苦い感情が胸一杯に広がり、それが言葉となって喉元にまで込み上げてくる。しかし、それを口にすることはできない。それを許す親友ではないことは、彼が一番よく分っている。
だからこそ彼は言った。考えて言ったのではない。自然と言葉が溢れ出た。
「――お前だけで背負うつもりか?」
その一言は沖田の意表を突いたのだろう。怪訝な貌で土方を見返す。
「その責任と償い――俺にも背負わせろ」
土方が、長らく固辞していた実戦部隊指揮官への就任を宇宙海軍司令部に申し出たのはそれから間もなくのことであった。
そして、そんな二人の姿を遠目で見守っていたのは、またしてもキリシマの山南艦長とテンリュウの安田艦長だった。
二人は短く言葉を交わし合い、内心だけで再会の喜びを分かつと、再び二人の先達に視線を戻した。二人の宿将は肩を並べてその場を立ち去ろうとしている。このまま宇宙海軍司令部へ報告の為に出頭するのだろう。
そして――沖田提督はそれが終わり次第、もう一つ報告に赴かねばならない場所がある。山南にはそれが分っていた。そして、土方宙将もそれに同行するに違いない。
山南は、二人の背中から視線を外さないまま言った。
「安田よ、もしあの時、俺の撃つのが間に合わなかったら、あのまま敵に突っ込んだか?」
「・・・・・・さてね」
「どうなんだ?」
あまりに多くの死を間近に感じたことで、心がささくれていたのかもしれない。詰問する山南の声が僅かに高くなる。だが、それに応える安田の声はどこまでも穏やかだった。
「俺もお前も、あの時、あの場所で最善を尽くした。
俺は信じていたさ。お前が必ず撃つと、お前と沖田さんが俺の突撃を絶対に阻止すると。
だから俺は、俺の役割を最後まで果たしたまでだ。
お前だって――信じていたんだろ?」
そう言ってニッと笑った安田艦長に釣られるように、硬かった山南の表情がようやく緩んだ。
「全くお前は・・・・・・・。それより思い出したぜ。
確かにお前は俺のところまで女の子を引っ張ってきてくれたがな、一番可愛い子は大抵、お前が持ってったよな?」
「それが互いに最善を尽くした結果、ってことだろ?
人間、最善を尽くしても、結果が得られるとは限らん。
しかしどんな結果であれ、最善を尽くしたと確信できなれば死んでも死に切れん」
山南は想う。最善を尽くしてもなお、勝てない戦(いくさ)に遭遇した時、指揮官はどうすればいいのかと。
死んで責任を取る?生き恥を晒してでも復仇の機会に賭ける?全て投げ出し坊主にでもなって寺に篭るか?――分らん。しかし一生経験したくない立場であることだけは確かだ。
「――安田。今回の戦い、俺たちは最善を尽くせたと思うか?」
「お前はその点に疑問があるのか?」
もう安田の目は笑っていなかった。
彼の率いた支援隊の損耗率は実に60%を超えている。その内心で荒れ狂っている葛藤や自責の念は山南の比ではないだろう。しかしそれでも、この男は目前の友人への気遣いを忘れていない――。
山南は一度天を仰いで嘆息した。
畜生。悔しいが、今はお前の方が指揮官として一枚も二枚も上手だよ。だが、いつまでも俺がこのままだと思うな――山南は制帽を取った。
「――すまん、バカを言った。忘れてくれ」
「もう忘れたよ」
屈託のない笑顔で山南の肩を小突いた安田に、今度は山南はお返ししなかった。
振り返ると、既に沖田と土方の姿は見えなくなっていた。
「安田――そろそろ行くか?」
「ああ、行こう」
どうやら考えていたことは同じだったらしい。二人は手分けして帰還した他艦の艦長たちに声をかけ始めた。
「――貴官らは十分な戦果を挙げた。本当にご苦労だった。
詳細報告は後日で構わない。まずはゆっくりと休息を取ってくれ」
国連宇宙海軍司令長官の労いの言葉も、沖田の心に響くものは何もなかった。
悪魔、か――沖田はひっそりと思う。
それが指すのは敵ではない、他ならぬ自分自身だ。
多くの部下を死なせ、息子すら自らの盾にしてしまった男をそう呼ばずして何と呼ぶのか。
沖田には分っていた。自分が生きている限り、生きて償おうとする限り、更に大勢の若者を死なせてしまうことになることを。
しかし、逃げ出すことはできない。彼には逝ってしまった者たちとの誓約がある。
――この世という煉獄に囚われた悪魔、か。
自嘲的な嗤いが込み上げてくる。
沖田には、今まさに自分が壊れかけているという自覚があった。
しかし、このまま壊れることができたらと思う一方で、それを許す自分ではないという事も理解している。
ふいに視線に――会議卓の向こう側からこちらを見ている土方の視線に――気づく。親友の瞳に含まれる『大丈夫か?』という色に、沖田は微かに頷くことで応えた。
大丈夫だ、土方。儂は逃げん、皆との誓約から。
儂のことを信じ、慕い、敬ってくれた者たちとの約束と償いを果たす。
たとえ――それによって、より多くの者たちの命を奪うことになったとしても。
この大いなる矛盾とその咎(とが)は、誰かが負わねばならない。
そんな“悪魔”は、儂一人で十分だ。
「以上だ、沖田君。今日はもう――。土方君、頼む」
心身共に憔悴し切った――それでありながら、艦隊指揮官としての威厳を決して崩そうとしない――沖田の姿をそれ以上直視できなかったのだろう。国連宇宙海軍の長は土方に後を委ねた。
この場にいる者全員が、沖田が海戦で実子を亡くしたことを知っていた。その経緯も。
会議卓から立ち上がりかけた沖田の躰がグラリと傾く――それを素早く回り込んだ土方が支えた。
「――言っただろう。俺も背負うと。」
ハッとする沖田。
しかし、土方はそれ以上は何も言わず、全く自然な動作で沖田に肩を貸す。司令部の若手たちも腰を浮かしかけるが、土方は片手を上げてそれを制した。
「そうだ・・・・・・すまん。そうだったな」
そう呟く親友に、土方は微かに頷くことで応えた。
「行けるか、沖田?」
「ああ――行こう」
扉に向かって歩きだす二人。司令部の全員が次々に起立し、その背中に敬礼を送る。沖田を毛嫌いしていると噂される芹沢軍務局長すらその例外ではない。いや、誰よりも早く立ち上がって敬礼したのはその芹沢だった。
ゆっくりと歩みを進めた二人の前で司令部の扉が開く。だがそこで、土方が驚いたように足を止めた。
何事かと遅ればせながら沖田も貌と視線を上げる――そして目前の光景に瞠目した。
扉の前には、第二次火星沖海戦から生還した各艦の艦長、副長たちが整列していた。彼らの肌の色も性別も、軍服の種類も一つではない。しかも、その人数は海戦前の準備会議時と比べると、哀れを催すほどに激減していた。
どの顔も疲労と消耗の色が濃く、血の滲んだ包帯を巻いている者や片腕を吊っている者もいる。しかし彼らは一様に顔を上げ、背筋を伸ばし、自らの指揮官への敬意と感謝、そして忠誠を完璧なまでに示していた。
列の中央に位置する山南が、厳粛な表情のまま声を張り上げた。
「小官らは、本海戦を沖田提督の指揮下で戦えたことを、生涯の誇りと致しますっ!」
次の瞬間、傷だらけの男女全員が一斉に踵を合わせ、自らの指揮官へ敬礼を送った。
それはまるで、空気が結晶化し時間の流れすら停止したかのような光景。いや、軍隊という暴力装置が時折見せる、誠意と純粋さだけで描き出した幻想と言うべきか。
――沖田は土方に大丈夫だと告げると、腹の底に力を入れ、気力を奮い起こし、自らの両足の力だけで地面に立った。彼らの指揮官として、そうしなければならないと思ったのだ。
一歩列へと歩み出て、整列する全員の顔を見渡す。
喪われた者たちのなんと多いことか。逝ってしまった者、一人一人の貌が瞼の裏に浮かんでくる。その中には、息子の笑顔もある。
しかし、自分が戦い続ける限り、今こうして満身の敬意を示してくれている者たちまでも、自分は殺してしまうことになるのかもしれない。
しかし今は、今この瞬間だけは――。
沖田は、軍礼に定められた通りの完璧な動作で答礼した――生還した者たちと逝ってしまった者たちへ、全身全霊の感謝を込めて。
「諸君――ありがとう」
この煉獄における“悪魔”たることを甘受した男。
しかしその唇から溢れ出した言葉は、およそ悪魔には相応しくないものであった。
――彼らの困難極まる戦いは、この後も続く。
【第二次火星沖海戦 損害集計(「ガミラス戦争戦史叢書」より抜粋)】
〇喪失
村雨型:ツクバ,ノシロ,スズヤ,イズモ,カトリ,ユウバリ(計6隻)
磯風型:テルヅキ,ユウヅキ,アキグモ,イカヅチ,ナミカゼ,アラシ
ユウグモ,オオナミ,カスミ,アサグモ,ユウダチ,スズカゼ
ワカバ,アマギリ,サザナミ,ナレースワン(計16隻)
ブラックタイガー:15機(帰投後廃棄を含む)
SR91:7機
〇大破
金剛型:キリシマ
村雨型:ユウギリ
磯風型:カゲロウ
〇中破
村雨型:テンリュウ
〇健在(小破含む)
・村雨型:トネ,ユリシーズ
・磯風型:フユヅキ,ユキカゼ,シキナミ,シマカゼ,トルニオ
・ブラックタイガー:3機
〇戦死・行方不明者:931名
一方のガミラス軍では、火星沖での敗北に激怒したゲール少将によって代理指揮官が即刻解任され、方面軍司令部へ呼び戻された(当初、怒り狂ったゲールは代理指揮官を直ちに銃殺するよう命じたが、軍制上さすがにそれは不可能だった)。続いて彼は、敗北の責任をなんとかシュルツ大佐に押し付けようとしたものの、他ならぬ彼自身の命令によって大佐の指揮権は停止中である以上、それも無理があった。
既に方面軍司令部において、大佐の命令不履行の嫌疑に対する予備審問は開始されていたが、火星沖での敗北の衝撃はそれすら有耶無耶にしてしまい、程なくして大佐は七五七旅団の指揮権を回復している。
そしてこの時、ようやくシュルツ大佐とその幕僚団は第二次火星沖海戦の顛末を知らされた。
敗北の事実よりも旅団の大損害が幕僚団に大きな衝撃を与え、それがゲール少将に対する激しい憤怒に転じるのに時間はかからなかった。しかし、シュルツ大佐は激昂する幕僚団を抑え、以下のように述べたとされる。
「我等はあまりに多くの戦友を、同胞を一どきに喪った。
その怒りと悲しみは、小官とて貴官らと何ら違わない。
だが同時にこうも思う。何故だ?何故、我等はこのような目に遭わねばならぬのだ、と。
その答えは皆も知っての通りだ――嘗ての我々があまりにも弱く、貧しく、愚かだったからだ。
だからこそ、今の我等はこのような立場に甘んじなければならぬ。
だが我等は、我等の祖国は、決してこのままでは終わらぬ――絶対に終わらせるものか。
今はたとえ汚泥に塗れようとも、いつの日か必ず、我等はこの泥濘から這い上がり、自らの力で自らの尊厳を取り戻す。
その日まで、我等は戦い続けなければならぬ。たとえ――忠誠の対象が定かならぬとも」
普段、感情を露にすることもなければ、長広舌を振るうことも殆どないシュルツ大佐だけに、この時の言葉には異様なまでの迫力と揺るぎのない決意があった。そしてこの日以降、ガンツ少佐以下の幕僚団は大佐への忠誠と信頼を新たにするのである。
こうして幕僚団の動揺を抑えたシュルツ大佐であったが、その内心で渦巻いていたのは怒りや民族復興の決意だけではなかった。“第一次”火星沖海戦時に漠然と感じた危惧――もし地球人たちがガミラス艦を撃破可能な装備を得たら――が現実のものとなったことに暗然としていたのである。
ガミラス軍最強を謳われる第六空間機甲師団に属した経験を有する大佐から見ても、地球艦隊の戦術能力・技量は際立っており、そんな彼らが強力な砲熕兵器を装備した場合の自軍の損害想定はあまりにも膨大であった。そしてそれは、これ以上同胞たちの犠牲を重ねないと誓ったシュルツ大佐にとって、許容できる損害ではなかった。
また、第二次火星沖海戦の結果を地球軍は自軍の大勝利と喧伝し、その士気を大きく回復させているのは間違いなく、大佐のオリジナル・プラン――降伏勧告受諾による地球の無条件降伏――が水泡に帰したことも明らかであった。
だからこそ戦術、いや戦略の大胆な転換が必要だ。
地球人たちは攻撃力こそ限定的ながらガミラス軍に匹敵する能力を手にしたものの、未だゲシュタムジャンプやそれに類する長距離航法を用いることができない。その点では、冥王星前線基地は彼らにとって“遠すぎる星”であり、彼らから攻勢を発起することは現実的には困難だ。万が一そうした状況が生起したとしても、こちらは万全の迎撃準備を整えることができる上に、近傍の部隊からの増援すら期待できる。
シュルツ大佐は、手元のレポートに目を落とした。
『星間戦略爆撃の有効性と規模拡大の為の戦策』
大佐の懐刀とも言うべき作戦参謀ヴォル・ヤレトラー少佐が上申してきたものだ。どうやら、銀河方面軍司令部への長期航宙の間に作り上げたらしい。
そのレポートには、前回の微惑星爆撃が地球に与えた影響が多角的に評価されており、この戦争を最低限の人的・物的コストで完遂する為に、微惑星爆撃をより大規模且つ効率的に実施すべきだと結論付けていた。
更にその為の手段も、より洗練された手法が発案されている。
報告書には、兵器開発局から銀河方面軍へ運用試験が依頼されたものの、試験先の目処が立たないまま死蔵されていた兵器群のリストが添付されており、その中に拠点防衛用の大口径陽電子ビーム砲があった。
本砲は、惑星上の濃密な大気層による威力減衰を無視できるだけの大口径・大威力を誇るだけでなく、反射衛星と組み合わせることで、アクロバティックな“曲射”を可能とした兵器だ。ヤレトラーは、本来は自惑星に着上陸してきた敵地上部隊をトップアタックで殲滅する為に開発された兵器を、微惑星の軌道修正と加速に用いることを提案していたのである。
もちろん本砲――反射衛星砲――を用いた場合でも、微惑星が大威力の陽電子ビームで粉々に破壊されないよう事前に耐弾・耐熱コーティングを施す等の処置は必要だが、それでも先の初弾のように外付けの推進器で加速させるより遥かに効率的且つ低コストだった。
通常、ガミラス軍がこの手の戦略爆撃に多用する惑星間弾道弾と比べても、素材の調達性故に本案のコストパフォーマンスの優位は明らかであり、戦術面においても人的損害のリスクが極めて低い点が素晴らしかった。
とは言え、地球軍がガミラス軍並みの陽電子ビーム砲を実用化した今に至っては、爆撃がある程度阻止されることも覚悟はしなければならない。しかし、ここでも微惑星爆撃の低コストが活きてくる。補給体制を含め戦備が十分とは言えない七五七旅団であっても、天然物である微惑星の多数調達は極めて容易だからだ。この点を活かし、同時多方位からの微惑星爆撃を長期に渡って継続すれば地球軍の防衛態勢もやがては破綻し、爆撃成功確率が上昇するのは確実と考えられた。
唯一の難点は、爆撃が実際的な効果を上げるまでに多少の――それこそ年単位の――時間を要することだが、これまで執拗に拙速を強いてきたゲール少将も、今回の作戦指導の失敗以降、めっきり勢いを失っているらしい。
予備審問の中断後、シュルツ大佐の方から何度となく少将に面会を申し入れているが、あれこれと理由を並べられて、結果的に面会は実現していなかった。どうやら少将は、大佐らから中央に告発されることを恐れているようだった。
なるほど、あの愚鈍愚劣極まりない小心者に相応しい態度だ。だが、その点を突けば、反射衛星砲にしても、地球軍攻勢時の増援にしても、容易に了承を得られるだろう――大佐にはその自信があった。
しかし――。
シュルツは重い溜息を吐き出しながら眉間を揉むと、傍らに置かれていたもう一通のレポートを手にした。
それは数時間前、突然面会を申し入れてきた『内務省惑星開発局』のエージェントを名乗る人物から手渡されたものだ。エージェントは銀河方面軍司令部ではなく、ガミラス軍最上級司令部『帝星国防軍最高司令部』の命令書を携えており、そのセキュリティレベルも最高度に設定されていた(つまり、命令書を開封したシュルツは、直属上官であるゲールに対しても秘密を守らなければならない)。
にもかかわらず、命令書には単に、本書携帯者に可能な限りの便宜を図るよう記されているだけで、具体的な指示は何も書かれていなかった。
つまり命令はこの男から受けろということか――そう悟り、先を促したシュルツにエージェントは思わぬ話を切り出した。
貴官らが攻略を果たそうとしている“テロン”を、大ガミラス帝星と全く同様の環境へと造り替える――その“土木工事”を貴官らに命じる。既に帝星からは、その外殻の一部を利用した環境改造用プラントや人工太陽ユニットが発進し、ゾル星系に向かっている。
テロンに寄生する蛮族どもを駆逐し、プラントで生成した“種”をテロンで芽吹かせ、かの地をガミラス人にとって神聖なる『新惑星』とするのだ――秘密裡に。
尚、本命令は大ガミラス帝星永世総統からの直接命令と心得よ。その証として、貴隊司令部には総統府へのホットラインが敷設される。
慇懃にそう告げた、いやそう命じたエージェントの蒼い貌に張り付いた冷笑をシュルツは今も忘れられない。
あの嗤いは誰に向けたものだ?テロン人か?我等“二等ガミラス人”に対してか?
“種”を芽吹かせる――それは既存の自然環境や生態系に新たな植生を付け加えるというような生易しい話ではない。
テロンで芽吹いた“種”は、土壌には他の植物種を枯死させる成分を分泌し、大気中には動植物を冒す毒性胞子を放出する。“種”は遺伝子操作により発芽環境を選ばないばかりか、繁殖・成長速度も極めて速く、あらゆる環境下で他の植物群を駆逐しながら急速に繁殖範囲を拡大する。中規模の岩石惑星であれば、5年から10年で既存の植物群を完全に絶滅できるとされており、当然それらに依存していた他の動物や昆虫、菌類までもが悉く命脈を絶たれることになる。つまりは――生態系の根絶であり、完全なる環境破壊だ。
そして惑星上で唯一の“種”となった瞬間、“種”も役割を終える。単一種では環境連鎖を維持することも新たに形成することもできず、遠からず枯死することになる。結果、テロンには汚染された大気と土壌のみが遺される。
もちろん、帝国の目的はテロンの破壊と汚染そのものではない。並行して、新たな“環境創生”が星系内で進行している。
帝星外殻の一部を利用した環境プラントで、ゾル星系への適用性と成長因子を強化した帝星由来の植物や菌類、微小生物を大量に繁殖させて生態系を構築、それを星系最果ての無人惑星『ファウスト』に移植する。更に、新たに設置した人工太陽により移植した生態系の拡大と増殖をファウスト上で行いつつ、最終的には固有の環境が破壊されたテロンに、ファウストの地殻ごと植え付けるのである。
テロンに持ち込まれる植物の中には、既に死滅した種の放出した毒素を分解・無効化するものも含まれており、植生の大規模移植開始から10年程度でガミラス人が移住可能な最低限の環境が整い、50年以内にテロンは帝星とほぼ同等の植生と環境を有する惑星として生まれ変わるだろう――エージェントから手渡されたレポートはそう結ばれていた。
これは・・・・・・もはや軍人の所業ではない。大量殺戮、虐殺などという言葉ですら生ぬるい。
星一つから生態系を根絶するだけでなく、自らのそれで乗っ取ってしまうだと?
この想像するだにおぞましき蛮行を、帝国は我々に強いると言うのか。
ふつふつと湧き上がってくる怒りに、シュルツの全身は灼けた鉄のように熱を帯びる。
だがこの時、バルケ・シュルツ大佐の戦略家としての冷徹な頭脳は、全く別の思考を弄んでいた。
あの男、惑星開発局所属などと名乗ってはいたが、絶対に違う。
奴の“匂い”は、官僚でも軍人でもない。あれは――“親衛隊”だ。
そう考えれば、最高司令部からの命令書がああも無味乾燥だったことにも説明がつく。国防軍は関わり合いになりたくなかったのだ、総統勅命の親衛隊マターなどに。だから我等二等ガミラス人部隊に面倒をそのまま押し付けた。
しかし、帝国は何故このような辺境の地に対して、ここまで無慈悲且つ徹底したフォーミングを実行しようとしているのか?それも極秘裏に。
ガミラスにとってゾル星系は、一個旅団程度の戦力を展開するにも難渋する程の僻地。帝星の一部を利用した大規模プラントや人工太陽の回航など、フォーミングに要する膨大なコストは想像を絶する。
既に膨張主義が限界に達しつつあるとも言われている今の帝国にそんな余裕があるとは思えない。いや、そもそも帝国のどこにそんな必要があるというのだ?
あるいは、真に必要なのは帝国ではなく――。
思い出されるのは帝星軌道上に浮かぶ巨大な影。バレラスに帰還する度に、ラグランジュポイントL1を通過する度に、巨大さと禍々しさを増していくように感じられた重厚極まりない軌道構造物。一般には、帝星防衛用軌道要塞と公表されている存在――『第二バレラス』。あの建造を取り仕切っているのも、国防軍ではなく親衛隊と聞く。
あれは、まさか・・・・・・そんなバカな。
しかし、そうとでも考えなければ、整えられた準備が大掛かり過ぎる。二等ガミラス人部隊の司令部に総統府へのホットラインだと?尋常なことではない。
シュルツの脳裏に浮かぶのは、帝星に残してきた愛しい妻子の姿。
同時に、参謀団に告げた自らの言葉――今はたとえ汚泥に塗れようとも――を思い出す。
バルケ・シュルツ大佐は有能ではあったが決して全能ではなかった。故に彼の推測は正誤共に多く含んでいたが、現実主義者でもある彼は、自分自身でもそれを自覚していた。
しかし彼には絶対的な確信がある。これは“ただ事ではない”と。
――やらねばなるまいな。
レポートから目を逸らし、虚空に向けられたシュルツの瞳の色は、どこまでも暗い。
やらねばなるまい。もし帝国や帝星に自身が想像したような秘密が存在するのなら。
生態系の根絶と環境連鎖の完全破壊とは、部下たちには不名誉な戦(いくさ)を強いることになるが、どの道、星間戦略爆撃の初弾を放った時点で、我等の両手は大量虐殺者という血に塗れている。
幸か不幸か、純技術的には耐弾・耐熱コーティングを施した微惑星に“種”を埋め込むことは容易だ。“種”を耐圧カプセルに封入すれば、陽電子ビームの熱量にも、惑星落下時の衝撃にも十分耐えられる。
その点、新戦略として決定した星間戦略爆撃を修正する必要は殆どない。
畜生。自分はきっと、いつか自立を取り戻したザルツの歴史の中ですら、侵略者の手先となって大量虐殺と大規模環境破壊を指揮した悪魔、鬼畜生と罵られるに違いない。
しかしそれすら、この戦(いくさ)が栄光の欠片もない勝利に終わった場合の話だ。
この戦、きっと最後の最後まで一筋縄ではいかん――それがシュルツ大佐の偽りのない本音であり、もう一つの確信であった。
――第二次火星沖海戦 おわり――
【あとがき】
昨年5月から制作を続けてきました一連のストーリー『火星沖シリーズ』も、この『第二次火星沖海戦』で遂に完結です。
2199劇中でも存在が言及されながら、公式では遂に描かれることのなかった『第二次火星沖海戦』、この戦いとはどのようなものだったでしょう?
『ヤマト完成以前、唯一地球が勝利した2193年の戦い。この戦いにおいてキーアイテムとなったのが陽電子衝撃砲であり、勝者にして英雄となったのが沖田十三だった。しかしその勝利は、沖田の実子や山本明生をはじめとする幾多の尊い犠牲の上に築かれたものでもあった。そして戦いの結果、ガミラスは地球本土への直接侵攻を諦め、遊星爆弾によるアウトレンジ攻撃に戦略を切り替えることになる――』
劇中で語られた第二次火星沖海戦に係る説明はこれくらいだったと思います。
このストーリーを2199の未来世界である2202まで含めて整理の上、構築したのが本『火星沖シリーズ』です。
時間と思いつきが許す限り、目一杯までネタを盛りつけた結果、後付け感が鼻につくところも沢山あるとは思いますが――その点は平に御容赦を。
第二次火星沖海戦の展開については、それこそ2199放送中から、部分的には何度も妄想したことがあったのですが、最初から最後まで、戦略・戦術を含めて全部となると、かなりの難産でした。
とにもかくにも当時の地球艦とガミラス艦の個艦性能格差が大き過ぎましてw
また、ショックカノン搭載艦の数をひたすら揃えて、奇襲でガミラス艦隊を一気に殲滅してしまうという展開も考えましたが(正直、それが一番簡単)、シュルツが解任・更迭されてしまう程のガミラスの大敗になっても困ります(大敗後にシュルツが後任として派遣されるという展開は以前にやっているので、同じネタは使いたくないという事情もありました)。
更に、同じ2193年に行われたという第一次火星沖海戦に、なぜその多数のショックカノン搭載艦を投入しなかったのかという問題もありましたし、何より、そんな一方的な戦い、誰も見てて(読んでて)楽しくないでしょ?w
そうした点から、『地球の辛勝(それもギリギリの)』というのが、本企画の最初期からの絶対線になった訳です。
ただ、そうしたストーリーの成立は、やはり一筋縄ではいかず、結果的にガミラス戦争開戦前に遡って、設定を捏ね繰り回す羽目になりましたが・・・・・・(笑)
ショックカノンにより、攻撃力こそ限定的にガミラス艦を凌駕するスペックを地球艦は得た訳ですが、防御力と機動性については未だ圧倒的格差がありました。
なので、陽動部隊でショックカノン搭載艦隊の射線上にガミラス艦隊を誘い出して・・・という展開も容易ではありません。
ショックカノン以外、地球艦隊の攻撃力が全く無力なのであれば、ガミラス艦は陽動部隊を歯牙にもかけず、陽動すら成立しない絵面が容易に想像できたからです。
そうした時に思い出したのが、2199第一話での地球艦隊とガミラス艦隊の戦闘シーンでした。
後背からの接近を許した地球艦隊は艦首のショックカノンを使うチャンスを与えられないまま、同航戦に突入します。
この時、地球艦隊は高圧増幅光線砲でガミラス艦隊に対して砲撃戦を挑む訳ですが、最初から光線砲が全くの無力なのが分っているのであれば、こうした戦い方を選ばないんじゃないかと思ったのです。
では逆に、あの砲撃に意味があったとすれば、それはなにか?それが2199より新たな設定として加わった『ミゴヴェザー・コーティング』を剥離することがだったんじゃないか?海戦後半、キリシマは多数の魚雷やミサイルをガミラス艦隊に向けて発射したのは、コーティング剥離した箇所へのダメージを狙ってのことだったんじゃないか?――そんなことを考えながら、通常兵装でガミラス艦を撃破可能な戦術を地球艦隊に編み出してもらいました。
もちろん、公式にはそんな戦術はありませんので、この点は私の完全なる捏造ですwww
捏造と言えば、山本明生の乗機も公式にはSSR-91コスモスパローとされていますが、MMDモデルの関係もあって、本作では100式空間偵察機の原形機とされるSR-91としました(形式番号がコスモスパローに酷似しているのは、何か関係があるんですかね?)。
私、100式はかなり好きな機体なので、今回「偵察機」として大きな見せ場と役割を果たさせることができたことには、実は大変満足しておりますw
機体ついでに言うと、地球側の戦闘機隊の主力機は2199本編には登場しなかったブラックタイガーを起用しています。
2199年前後に配備されたであろうコスモファルコンやコスモゼロを2193年に登場させる訳にはいかないという事情と、むらかわみちおさんのコミック版でブラックタイガーが練習航空隊で使用されているような描写があったので、ここでの採用となりました。
あぁ・・・・・・きっとブラックタイガーの主翼は頑丈で鋭利なんですよw
他にも色々と書きたいことがあった気がしますが、公開予定時間(2019年10月25日21:00)まで残り二時間くらいしかなく、頭の中もまとまらないものですから、今回の『あとがき』はこの辺にさせていただきますw
最後になりましたが、今回MMD動画の原作者にして“副監督”という美味しい(笑)ポジションをオファー下さったFGT2199さん、大役を引き受けるにあたり基本構想の点で多々ご助言いただいた七猫伍長さん、看板女優(笑)の客演を快くご了承下さったEF12 1さん、本来はエピローグの筈だった『火星沖2203』を一本の外伝として仕上げる勢いを下さり、挿絵まで御提供いただいたHARUさん、寂寥感漂う地球艦隊帰還シーンのイラストを後編の表紙絵として使用させていただいた蒼衣わっふるさん、臨場感満点の照準画面を使用させていただいた島さん(動画と違って砲撃を外してすみません)、幕間の校正に快く御協力いただいた八八艦隊さんとA-140さん、その他お名前を上げられなかった沢山の皆様のお陰で本日、遂に作品の公開に漕ぎつけることができました。
本当にありがとうございました!!
重ねて御礼を申し上げます!!m(__)m